レクイエム「榎倉康二と33人の作家」展

レクイエム「榎倉康二と33人の作家」展
1996年/斎藤記念川口現代美術館/川口・埼玉

(同展覧会カタログの出展作家コメントより加除修正)

私は東京藝術大学大学院に在籍中 榎倉康二氏の研究室に2年間在籍した
当時の榎倉氏の言葉で現在も強く印象に残っていることが三つある

一つ「先生と呼ばないでほしい」

榎倉氏は大学の教授であることよりも作家榎倉康二であることを重んじていた
また、先生と学生という一種の上下関係ではなく まだ若き学生もまた作家であると尊重し 対等な立場で接したいという考えだった
私がこの手記で先生と書かず榎倉氏と書いているのはこのことに因る

二つ「アーティストは話すことが必要だ」

特にコンセプチュアル・アートの作家は重要だと語っていた
私は絵画科油画専攻に入学したものの 油絵など描かずコンセプチュアル系の立体作品の制作に傾倒していった
子どもの頃から話すことや文章で表現することが苦手な私だったから絵や造形物で表現する美術の分野へ進む道を選んだのに この言葉は衝撃的だった

三つ「世間がいかに移り変わろうが 筋の通った仕事を続けることが大切だ」

アートの世界にも流行り廃りがあり 一時的に脚光を浴びてもそのうち話題にもされなくなる
しかし そんな時でも時流に左右ことなく自分の仕事を続けていれば やがて世間の方が変わり再び注目される時がくる
榎倉氏の仕事を改めて振り返ってみると 氏が自ら実践していたことであり 今もって説得力がある


私の仕事は このような榎倉氏の言葉が契機となり 少しずつ変わってきたように思う
最近の作品は、常に社会問題をテーマにしている
私が生きて活動している現代社会において まず一人の生活者としての視点を出発点とし その上でアーティストとして社会に向けて何が出来るのか というのが作品を制作する動機である
それゆえ 単に造形的な美しさだけを求めるのではなく 社会に対するメッセージを包含させなければならない

今まで私が行ってきた主な仕事は 世界で最も高額な東京の地価をテーマとした作品をはじめ 私たちが生活する中で排出する様々な物質やアーティストが使う絵の具が自然環境 特に水質に対して与える影響を調査した一連の作品であったり 社会通念に拘束されタイプ化された予定調和人間を作る風潮に逆らい 一人ひとりが独立したアイデンティティを持つために 衣服に焦点を当て探求するものなどである

本展覧会は故榎倉康二氏の追悼展として開催する趣旨を鑑み 私は榎倉氏に係る作品を制作することにした
それは、人間の基本的要求とされる衣食住の三部作である

イメージ 1衣については 榎倉氏の作品の一つである綿布とアクリル絵の具を使った平面作品を引用し 服として作ったものである
榎倉氏のオリジナル作品を裁断して服として仕立れば真のエノクラ・スーツになったかもしれないが 榎倉氏の仕事のプロセスなどを検証するつもりで 私なりに解釈して制作した

イメージ 2食については 榎倉氏の死因が心臓疾患であったため「ハート・ボイルド」と題した心臓のワイン煮を試作した
瓶を置く展示台には、心臓の鼓動を連想させるように明滅するライトが仕込んである
住については 榎倉氏の死後 この展覧会の前に榎倉氏の自宅を訪ね 土を少量採取させていただき その土を小瓶に詰め 榎倉氏の自宅住所と近傍の公示地価 そして榎倉氏の命日を記したラベルを貼り宝石箱に収めたものである




これらの作品は榎倉氏が生きていれば決して作ることがなかったものである
私は この三部作を榎倉氏に捧げ 敬意を表する