2) 古くて新しい技法

担当教官が私の石膏デッザンを褒めてくれた訳ではないが
次の課題から私は独自性を押し出すこともなく 課題に素直に向き合った

というより 1・2年生の実技の授業は多岐に渡って美術の技法・材料の基礎を教えてくれたので
興味深く取り組むことが出来た

油絵の具とキャンバスの製造方法 テンペラ画 木口木版その他版画 塑像と型作り 写真の現像・・・
それらは古い技法かもしれないが 初体験の私にとっては新鮮だった

学生にひと通りの実技を経験させることで 将来の選択肢を増やし可能性を与えるのだろう

油画専攻の学生は 3年生から版画専攻を選択することが出来るし
大学院には壁画や技法・材料の専門研究室がある



石膏デッサンの次の課題はクロッキーだったと思う
クロッキーとは短時間でスケッチすることで 描く修練である

大学の隣にある上野動物園で動物を描いたり アトリエで裸婦を描いた

動き回る動物の特徴を捉え クロッキー帳に鉛筆で素早く描き止める
裸婦は5分毎にポーズを変えるので 始めは描き切れず途中で終わってしまった

しかし 何枚も何枚も描いていくうちに 手が動くようになり
3冊目のクロッキー帳を手にする頃には 活き活きとした線で描けるようになっていた



批評会の日 アトリエで教授を待っている時 私は退屈しのぎに
クロッキー帳から紙を1枚破って 木製イスの座面に置いて鉛筆を動かしていた

すると イスの木目が紙に浮かび上がってきた
これは面白い! 何と言うんだっけ? そう フロッタージュだ!

フロッタージュとは 擦(こす)り出し絵のことで マックス・エルンストが有名である
これも古い技法だが 私にとっては新しい発見だった

硬貨を取り出して紙の下に置き 鉛筆で擦ると硬貨の形がリアルに浮かび上がってくる
しかし それは本物ではなく その不完全なリアリティに魅力を感じた



その日 私は家へ帰ると部屋にある硬い物を片っ端からフロッタージュしてみた
三角定規 ペンチ ラジカセ・・・どれも面白いほど形が浮かび上がってくる

しかし 紙がずれないように押さえることが難しい

紙に鉛筆で擦るだけだと黒い形が浮かび上がるだけなので
水彩絵の具で濃い色の下地を作り 明るい色鉛筆でフロッタージュをすると
まったく違う出来栄えになるし 擦り出しの力加減や方向によっても印象が変わる

その後 私はフロッタージュの研究を重ね 後に風景画の課題で大作に挑むことになる