5) 大胆不敵

2人の担当教官を前にして 私は退学を宣告されるものと覚悟していたから
年配の教官の言葉は意外だった

俺に真面目に絵を描け と言うのか? 絵の才能がある と言うのか?

フロッタージュの風景画のように ドアの人物画も良く考えて
例えば 写実的なだまし絵として緻密に描いていれば 文句を言われなかったのかもしれない



年配の担当教官は「ドアは一応 元通りにしたみたいだし 課題も提出したから どうですか?」
と若い担当教官に私の処分を委ねた

若い担当教官はいつもフォロー役だったが この時は
「君がやりたいことは分かるが ここは学校だからなぁ・・・外でやったらどうだ」
と遠回しに退学宣告とも受け取れることを言った

すると年配の担当教官が「まあ 本人も反省しているみたいだから・・・」とフォローしたので
若い担当教官は「まあ 先生がそうおっしゃるなら・・・」と言い 私は退学を免れた



この2人の担当教官はどちらかと言うとアカデミックな仕事をしていたが
藝大油画専攻には現代美術の作家として評価された先生もいた

2年生も終わりに近づいた頃「1m四方の帆布を使って自由に表現しなさい」という課題が出された

この課題に対し 私は布の四隅にハトメを付け ロープを結び
天井3か所と床1か所にヒートンを取り付け アトリエ中央の中空に布を張った

そして エンジンオイルの廃油をロープを伝って布に滲ませたのである

その頃 私はバイト代で中古車を買い 自分でオイルを交換し
廃棄出来なかった廃油を たまたま使ってみただけのことだった



批評会の直前 帆布が余っていたので1枚もらって
壁際にイスを置いて座り 頭部を帆布で覆って画鋲で止めてもらった

教官が入って来た気配を感じると 私は顔に♀の記号を天地逆さにして描き
口に当たる○の部分の帆布をカッターで切って穴を開け たばこをくわえて火をつけた

教官の声が聞こえた「パフォーマンスが始まったみたいだから少し見ていましょう」

しかし 私はたばこをふかしているだけで変化が乏しいため 教官は助手に話しかけた
教官「動きが少ないけど あれだけなのかなぁ?」
助手「中央の作品も彼のです」
教官「おお そうか!あれも彼の作品か・・・今は動きがないので動きがあったらまた見よう」
と言って 他の学生の作品の批評を始めた



私は批評会の間 ずっとその状態で通したかったが 異変が起きた
コンタクトレンズが外れたのだ

どうしたものか と考えたが だんまりパフォーマンスを中断することにした

しかし「これでお仕舞いです」という訳にはいかないから 私は帆布の顔の部分を手で押さえ
ゆっくり立ち上がった

壁に止められた画鋲が飛んだが 私は顔を見せないよ帆布で頭部を覆ったままドアの方へ向かった

教官は「おっ 動き始めた!」と言って私の方を見ていたようだが
私はそのままアトリエから出て行った



トイレへ行き帆布を外して鏡を見ると コンタクトレンズがなかったので
今度は帆布を頭にかけないでアトリエへ入った

教官は戻った私の姿を見て「今は他の人の批評をしているので君のは後で」と言った
私は教官の声も聞かずに座っていたところへ行き コンタクトレンズを探した

すると床に落ちていたので拾い またアトリエを出てトイレへ行きレンズを入れた

再度アトリエに戻ると教官は私に話し掛けた「どういうコンセプトなのか聞きたい」

私が答えられずに黙っていると「話したくないのなら黙っていてもいいが
これからの作家は話すことができた方がいいぞ」と言った



批評会の後 同級生から聞かされて驚いた
その教官の代表作は帆布を縫い合わせ 廃油を滲ませるものだったし
若い頃はパフォーマンスをよくやったのだと・・・

私が提出した作品とパフォーマンスは その教官に対する当て付けだと思われても仕方がない
知らないということは恐ろしいことだ

教官は 自分の作品に似ているから何か深い意図があると思ったのだろう
それとも 自分の作風を真似た学生だから かわいい奴だと思っただろうか?