「サンプリング・アイデンティティ」展

「サンプリング・アイデンティティ」展
2000年/鎌倉画廊/鎌倉・神奈川

(同展覧会カタログより)

「衣服というメディア」 南條 史生

アイディーブティックは最近、フランスに滞在してきた。最近はアーティスト・イン・レジデンスが流行だが、彼らの滞在も一種のレジデンスの一環だと考えられる。さまざまな観点を身につけるという意味では、海外滞在はいい経験になる。その成果といっていいのかもしれないが、最近の作品は新しい展開を示す息吹が感じられる。それはより広いボキャブラリーを自由に使いこなす方向性といってもいいかもしれない。

イメージ 1今回の展覧会では、従来のシリーズ作品と新しい作品が同時に展示してある。たとえば従来のシリーズとしては、工事現場で使う青いビニールシートで作ったスーツの作品である。スーツの素材を通常とは違う素材に置き換えたことによって生じる意味のずれ、意味の生成を示している。一方、日の丸をテーマにした作品では、洋服の制作原理にみんながよく知っているアイコンを援用することによって、新しい意味を持った洋服を作り出している。また著名なアーティストの作品をモチーフにした「世界の名作」シリーズからは、ヤニス・クネリスの作品を元に、ウェディングドレスの上を模型の汽車が走る作品や、ジェニー・ホルツァーの電光掲示板がフォーマルドレスの前についている広告塔のような作品も出品されている。

イメージ 2新しい作品としては、さまざまなネクタイと、それをしているところを撮った写真を組み合わせたシリーズがある。ネクタイを切ったもの、焼いたもの、落書きしたもの等さまざまあるが、私は、ワインの赤いしみがデザインになっている作品が、ことさら、フランス帰りのおしゃれな感覚を感じさせて、興味深かった。

イメージ 3また、ヨーロッパの工事現場で使われている赤と白のストライプをあしらったビジネススーツは、実に複雑な斜めのパターンの張りあわせでできている。それが展示室の中央で、天井から吊り下がって、くるくる回っているのは、工事用の警告灯が緊急事態を告げているようで、おもしろい演出である。さらに、そのスーツを作ったときの型紙を壁面に展開した作品も、プロセスを見せる、解体する、という今風の方法論の応用のようで新鮮に映った。

イメージ 4また、音に反応してLEDが明滅する音量メーターを衣服の表に縫いつけ、それを電気フルートの奏者が着て演奏するという作品もある。LEDは、音楽の進行に合わせて明滅し、視覚的にも、極めてあでやかな効果をあげている。それは音楽とのコラボレーションであり、新しい展開といえるだろう。

これまでに数百の衣服を、表現として制作・発表してきたアイディーブティックだが、その表現の可能性はまだまだ汲み尽くされていない。洋服、ファッションというものを、より多角的な表現、より自由な素材、より可変的なキャンバスと考えれば、その可能性は無限に近いだろう。ファッションを扱った作家は海外にも何人かいるが、これほど徹底的にファッションにこだわり、それをメディアとしてきた作家はいない。このこと自体が、明確なアイデンティティーを確立したと考えると、今後も怯むことなく、迷うことなく、このひとつの道を歩いていって、その奥になにが見えてくるのかを、私たちに教えてほしいと思う。








南條 史生 インディペンデント・キュレーター、美術評論家
慶応義塾大学文学部美学美術史学専攻卒業。1978年から国際交流基金芸術交流部門展示課プログラムディレクター、1987年からICAナゴヤのディレクターを務める。1988年、第43回ヴェニスビエンナーレの「アペルト88」展コミッショナーをはじめ、アメリカ巡回日本現代美術展「Against Nature」展(1989‐1991年)日本側キュレーター、1997年第47回ヴェニスビエンナーレ日本館コミッショナー、1998年台北ビエンナーレコミッショナーを務めるなど海外でも活躍。新聞・雑誌などへの執筆多数。