浪人

芸大の2次試験を受けた3人組のひとりは 結局2次試験で落ちた

やはり 芸大は狭き門なんだ


でも その彼は 皆の羨望の的になった

多摩美の入試で補欠になったのは 学科が悪かったためだと聞いた

実技ではトップクラスだったらしい


彼は予備校の講師から浪人を勧められていた

君なら1浪すれば芸大に入れる と言われたらしい

でも 多摩美へ行った

とりあえず入学して 来年 また芸大を受験すればいい って…

賢い選択だ


それに比べて 私はみじめだった


私と同じように どこも受からなかった3人組のひとり…

ここでは サトシ君 と呼ぼう…

私は サトシ君に 身の振り方を相談した


サトシ君の父は芸大のデザイン科出身で 印刷関連会社を経営し裕福そうだった

子どもの頃から油絵を描いていたようで 私とはまったく違う世界で生きてきた

サトシ君は美術に関する知識が豊富で 私にとって聞くことすべてが新鮮だった


サトシ君は東京の予備校を見学しに行くと言ったので 私も一緒に行った

代々木にある大手予備校が芸美大受験科の校舎を新築したんだ

モーゼやニケなどの大型石膏像がある石膏室

北窓採光の広いアトリエ

荷物置場も十分なスペースが確保されていた

充実した施設に満足し 私たちはそこへ入ることを決めた


代々木へ通い始めると通学が苦痛に感じた

横浜から東横線に乗ると ひどい混雑だった

絵の具やキャンバスを持ってのラッシュはきつい


しかし 一旦決めたことだから止めるわけにはいかない

親に 1浪だけだぞ! と釘を刺され 学費を出してもらっている